都合のいいマスク

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8月

仕事終わり、新宿歌舞伎町を歩く中で1人の外国籍の男性(50代)と出会った。その人はガードレールに腰掛け本を読んでいて、そこを声かけた。15年以上日本で過ごしていると言うその人の日本語は流暢で、何一つ支障なく会話ができた。気のせいか顔もどこか日本人っぽく、聞くと故郷に帰り妹と会う度に「どんどん日本人みたいになってる」と言われているとのことだった。

「お兄さん出身は?」から始まり、その人はひとしきり僕が誰であるかを尋ねてきた後、丁寧に右手を差し出し、横へ腰掛けるよう誘導してきた。するとまるで誰かにこのことを話したくてウズウズしてたかのように突然話始めた。

「アップルの創立者、スティーブ・ジョブズって知ってるでしょ?あの人の最期って病気なんです。あんな成功した金持ちでも病気には勝てなかった。そう思ったら人間ってみんな生まれて死ぬだけで、平等なんです。そう考えると、私はコロナで仕事を失ったってだけで、病気にはまだなってない。少しの間は、仕事を失ったって事実を受け入れることに精神的に苦しさがありましたが、身体的なダメージはなくて、なら何で悲しいぶってるんだ、まだ生きれるぞって思って。それで最近また色々と仕事を探し始めました」

その後もその人が日本に移り住んだ理由や、日本と母国の違い、日本で受けてきた差別など1時間近くお話を聞いた。ただどの出来事に対してもその人の語りは明るく、辛い思いもしたけれどそれがあったから今があると言う捉え方で、話を聞かせてもらった僕の足取りも軽くなった。

その人に声をかけた場所は普段から新宿を歩くたびに必ず通っていたところだが、その日を境に意識的に通る様になった。聞けば住んでいる家もお互い近く、週末コインランドリーへ寄った際にばったりなんてこともあった。

9月

その日も仕事終わりにそこを通ると、その人が左手に本、右手にタバコを持ってガードレールに腰掛けていた。初めて会った日から何度かお会いしているため、挨拶もそこそこに僕はまだ新宿を回ろうと考えていた。しかしその日は声をかけるなり、やっと来たか!と言わんばかりに立ち上がり「今急いでる?私の友達が日本人の助けが必要で。あそこのレストランで今ご飯食べてるので呼んできます。待ってて」とこちらに有無を言わせずその人はその場を離れ、僕は急に1人になった。確かに急いではなかったが、毎日歩き慣れた街とはいえここは “歌舞伎町”と、なんかややこしい話じゃなければいいがと少し不安になった。

5分程して彼は同じ国出身という友達2人を連れて帰ってきた。とりあえず「こんばんは」と挨拶をすると「この2人はあまり日本語が得意じゃない」と “その人”が言った。すると友達の1人がこちらを凝視し、視線をそちらに向けると右手に持ったクリアファイルを急いで開き10枚ほどのプリントを取り出した。母国語で話しかけてくるため何と言ってるのかは分からなかったが、そのプリントに目を配ると、新型コロナの影響で職を失った人を対象とした 失業手当の申し込み用紙である事が分かった。外国籍の方のために作られた書類にも目を通し、 “Unemployment”と書かれた文字を声に出して読んでみると彼はすがる様な声で2回、「Help me. Please help me」と言った。今にも泣き出しそうな目をしていた。

日本語が分かる “その人”に聞くと、彼らの中で誰1人漢字を書けるものがおらず助けてほしいとのことだった。書類の量を見るからにこれは長くなると予想ができたし、誰かの書類にサインをするという行為が危険で、何かに巻き込まれるのではと不信感が取れなかった。「ここには机がないから一旦店に戻ろう」と押してくることも僕を不安にした。

店に戻ると “その人”の友達だという人が他に3人、飯を食べていて、テーブルには計7人が座った。周りを見渡せば日本人客もちらほらいて、どうやら怪しい店ではなさそうだ。テーブルには酒と、皆が手をつけ冷めた少量のポテト、そして「Help me!」とすがって来た人の 保険証、運転免許証、通帳、住民票が乱暴に置かれてあった。

「この書類に必要な情報をここから確認して、漢字で記入して欲しいです。お願いします。ここは私たちが払うので何でも好きなものを頼んで下さい」と “その人”が言ってきた。とはいえ僕も日高屋で定食を食ったばかりで腹は減ってない。「あ、食べて来たばかりなので大丈夫です」と断り、とにかく早く終わらしてここから出たいと思った。

ということで、ひょんなことから5分ほど前に出会った外国人男性の貴重な個人情報を書類記入のため一つ一つ確認してくことになった。男性には奥さんと娘がいて、今年4月からコロナの影響で職を失い、収入はゼロの状態で5ヶ月目に入ろうとしていた。通帳の残高も、東京で人1人が一ヶ月生活するにも厳しい額だった。この種の書類に目を通すのは僕も初めてで理解が難しく、結局全ての必要書類への記入を終えたのは2時間経った夜24時のことだった。明日も仕事。結局その日は閉店と同時に店を出て、何事もなく無事家に着いた。

10月

それからも変わらず、新宿を訪れた際は必ずあのガードレールの前を歩いた。そんな中 10/21のこと。その日もいつもの様にそこの前を通ると、3人が固まってガードレールに腰掛けタバコを吸っているのが見えた。「こんばんは」と声をかけ、書類の申請状況について質問した。すると「アシタ!」と支給を待つ本人が嬉しそうに答えた。よかった。あの書類は通ったのだ。

次の日。いつもの様に前を通ると彼らの姿はなかった。 “なかった”というか別に約束をしている訳でもないが、ちゃんと支給されたのか書類への記入を手伝った者として確認したい気持ちはあった。が、それはまた会った時に聞けば済む話であり、ひとまず新宿を歌舞伎町方面に歩き続けることにした。マッサージ・ひざまくら・無料・出会い・のぞき などと書かれギラギラと光る看板を抜け奥に進むと、真正面の店から 「Help me!」とすがった男性と、一番最初に話しかけた “その人”がいかがわしいお店から出てくるところだった。その時見た2人の顔はこれまで僕と喋ってる時に見た笑顔とは違い、友達とはしゃぎ興奮している 本当に楽しそうな笑顔で、今までで一番良い顔をしてる様に映った。母国語で話す2人が何を言ってるのかは分からなかったが、大の大人がハイタッチをして大きな声で笑っているのだ。よっぽど気持ち良かったのか、僕もマスク下で笑えた。と同時に、書類記入時にその人の家族事情や金銭面を見てしまったからこそ、30万円という支給がされた時に一番にしたかったことがこれだったんだと、僕の中ではどこか引っかかる思いがした。いつもなら何のためらいもなく両者に声をかけるのだが、その時だけはマスクで顔を覆い早足で横を過ぎた。

時間が経って考えてみると、その2人のことも、その友達も、いや誰のことも僕は語れるほど知らない。あの日 話すことを躊躇したその一瞬は、自分の中で何を避けたかったのだろうか。いやたぶんその人達からすると、店から出て来たところで知り合いに話しかけられるのは避けたいところで、男なら話しかけなくて “正解”だったのだ。

ただ避けようと決めた理由が、 “家族もいるけど、仕事につけなくて” ということがあり、他人に泣きそうな目で助けを求めたのに、今いざお金をもらって一番に何してるん?というところから湧く感情であり、ただそれも冷静に考えると勝手に僕が 聞いた情報だけを元に色々と解釈してるだけで、本人から見た問題の見え方は全然違うはずなのだ。

大きくなるにつれて、なんとなく今回の様な “あの人って良い人なんだけど、あの話引っ張り出してくると、あの人像が潰れてしまうから誰にも言わないでおこう” みたいなことは増えていて、でもその大部分を本人に確かめたわけでなく、勝手にこちらが解釈してるだけのことがほとんどの様に思う。

それだから人との関わりもどこか保守的に・安全に、自分が見たい情報だけ欲して、嫌なとこは見ないよう・聞かないように、選択してる気がする。

都合の良い様にマスクを使い分け、それでいて平然と外を歩くんだから、どこまでも自分自身が恐ろしい。

 
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