おばあちゃん

お母さんのお母さん(おばあちゃん)は

僕が小学生の頃亡くなった。

病気だったことは覚えているし、入院していたことも知ってる。

何回かお見舞いにも行った。

 

でも、

でも、

おばあちゃんに僕は謝りたい。

 

これまでも何度も謝り、

寝る前に考えたら一人涙が出ることもある。

仏壇に手を合わせても、

今僕がここに生きれてることに感謝し、

「いつもありがとう」と心の中で言うが、

だいたい最初は「ごめんなぁ」か、

 

そっからまた言葉に詰まる

... 。

 

今、こうやって書いてる時も心がキュッと締め付けられる。

 

特に何かしたってことでもない。

悪いこともしてない。

 

ただ...

ただ、僕はおばあちゃんに優しくできなかった。

 

おばあちゃんが亡くなったのはいつだったか、

僕はそれも明確でないが、

あれは4歳上の兄貴が反抗期に入り始めた時だと思う。

弟の僕には兄貴の心境がなんとなく変わり始めたことも、

親に大きな態度をとるようになってきたことも感じていた。

でも今より心も体もずっと幼かった僕には

兄貴がやることは全部がカッコよく見えたり、

兄貴が嫌うものは嫌うし、

嫌と言ったものは僕も嫌と言っていた。

 

そんな時期におばあちゃんは亡くなった。

 

僕は覚えてる。

おばあちゃんが亡くなった当日、

病院で寝泊まりをしていたお母さんから神戸の僕の家に電話が入った。

僕が出た。

「雄太、パパに代わって...」

 

人が死ぬということもそれまでに一切経験してなかったし、

死ぬの意味もわかっていなかった僕。

いとこのタクヤ、ミチルは葬式もずっとずっと大泣き。

僕は泣くことすらできなかった。

泣きたい気持ちはあった。

が、横にいた兄貴はそこでもふざけていて

「たぶん、この場ではちゃんとした方が良いで」と心の中で思ってはいたが、

兄貴のちょっかいに僕も一緒に笑っていた。

 

今この年になってようやく僕も

親がいてくれることへの「ありがとう」や、

親が子供を思うおもいやりが想像できるようになった。

きっと1年間親と離れて住んでる今だから、余計にそれを感じるのだろう。

そしてこれまで出会った多くの方々が人生をお話ししてくれるたびに、

人間関係みたいなものの奥深さや「縁」というか

人間同士の強いつながりを教えてくれた。

 

そうやって考えてみると、

僕はお母さんにも謝りたい。

自分の親が亡くなった時、

自分の子供がそれに笑っていたらどう思うだろうか。

歳が幼いし、理解してないことを汲み取っても...

う〜ん... 。

 

僕の中でこれはずっと心残り。

中学の頃、国語の授業で何かおばあちゃんのこと?かこれまでの後悔?

みたいなことを宿題で出された。

僕はその時に初めてこのおばあちゃんとの別れについて書いた。

今よりももっと言葉にすること、書くことに時間がかかった。

先生が赤ペンで返してくれたコメントは

「なんでそんなことしたの?」から始まっていた、

そのあとを読むこともなくゴミ箱に捨てた...。

 

親を思う。

親戚を思う。

友達を思う。

そして出会ってくれた人のことを思う。

 

「つながり」とかって何なのか。

しょーもな〜いのもあれば、一回だけあって終わりの人も、

はたまたおばあちゃんの様にあんまり記憶にもないけれどず〜っと心に残る人がいたり。

 

人に「なんで雄太って」や「なんでPodast」「なんでハジメマシテ」って聞かれるたびに

僕の頭の片隅におばあちゃんが浮かぶ。

 

「HAZIME-MASHITE」を続けているのも、続けてこれたのも

僕がそこに特別な思いや意味を見出しているのも

実はここに原点みたいなものがあるのは確か。

 

 

これはオチがある話ではない。

きっと僕が死ぬまで考えること。

 

でももしそこにこれを読んでくれた人がいるなら、

綺麗事やなしに。

いや綺麗事でも。

 

大切な人、好きな人、感謝してる人に、

 

伝えられることや、あったりまえの「ありがとう」とか

悪いことしたら「ごめんね」、

これはほんまにその時に伝えないと。

 

相手が居なくなったら、

もうあとで伝えることはできないから。

 

 

 

おばあちゃん

いつもありがとう。

見守ってくれてありがとう。

色々気づかせてくれてありがとう。

僕元気してるで!