キリン堂創業者 寺西さん 「恵美家」

Portrait of Mr. Teranishi

Portrait of Mr. Teranishi

寺西さんとの出会いは9月初め、大阪・高槻に撮影で訪れた際のこと。

四方を山と川で囲まれた摂津峡公園には出入りする人も少なければ、物を買える売店も「恵美家」しかない。

少しのども乾いたし、何かお茶でも飲みたい。そう思いのれんをくぐった先がここだった。

181016_film-1-2.jpg

「カップラーメンでも食べていき~」

入って早々、椅子に座り 気さくな笑顔で話しかけてくれたおじいちゃんがいた。

それが後に話して分かるのだが、キリン堂を創業された寺西さんだった。



「兄ちゃんらはどこから来たんや?」と最初はお決まりの会話をしていたのだが、

ひょんなことから僕たちが聞き手になり、寺西さんが自分の経歴を話し始めた。

その時に「キリン堂」の名前も出てはいたが、

その日は僕一人で撮影に来ているわけではなく、

モデルさんの前で深々といろいろ質問をしても、、、。

しかもなんかあの著名人とは従妹で、あの人は親戚だなんて言い出して、、、。

う~ん、本当の話なのかなぁ?と半信半疑で外に出た。

180911_misaki_Osaka_film-66.jpg

その日の夜。

家に帰ってネットを見ながら思い出す。

(そういや、今日の売店の人、あれ本間なんかな・・・)

ちょっと【キリン堂 創業者】で画像検索でも。


!!!

出てきた結果にびっくり。

そっくりな人が現れ、画像下に「寺西」の文字。



すぐさま10月の予定を確認し、

もう一度高槻へ行くことを決めた。


ただ僕には一つ疑問があった。

なんで?

なんでキリン堂まで作られた方が、摂津峡公園という山奥で ひっそり売店を経営されているのか。

想像するにまずお金には困っていないだろうし、もっと悠々自適に暮らしていてもおかしくない。

ましてやインタビューで訪ねたその日も 僕の前に来客されていた方は市議会議員。

やっぱり社会的にも認められた方であることに間違いない。

じゃぁなんで...。


聞きたい。

「どうして寺西さんはこの場所で、売店を経営されているのか」

知りたい。

「何を背景にここにたどりついたのか」


答えは意外というか、その内容を僕がここに記し公表することは避けるが、

まず第一に寺西さんがこの自然に囲まれた摂津峡という土地を今も愛しているからなのは確かだ。

今回のこのインタビューだが、実は事前に一切連絡はしておらず、

僕は売店「恵美家」の名前も、当日寺西さんがそこにいるのかすらも分からないまま

道具をカバンに詰め込み早朝家を出た。

片道2時間をかけ移動した結果、幸い店は営業しており、中を覗けば寺西さんの姿もあった。

「突然すいません。この前写真撮影でモデルの方と訪ねさせていただきましたものですが、今日は寺西さんと少しお話しをさせていただきたくて」

当然僕のことなど覚えていない。

しかし「私なんかでよければぜひ」と快く取材を受け入れてくださり「ちょっと5分待ってね」と続いた。

5分後に現れた寺西さんはTシャツ・サンダル姿から、スーツに靴、髪型もセットして出てきてくださった。

突然の訪問にも一切文句は言わず、誰よりも丁寧な敬語で僕とお話し、最後には「ありがとうございました」

深々と礼をして見送ってくださった。

「人様に嘘つくことなく、迷惑もかけずにね、自分の人生を真っ当に生きたいんです」途中で口にしてくださったその言葉が、

寺西さんの生き方そのものに映し出されていて、気づいた時にはカメラを回していることも忘れ聞き入っている自分がいた。

次は11月、

このFilmで撮影した1枚と動画データを手に持って。

寺西さん、宜しくお願い致します。

IMG_7576.jpg

#HAZIMEMASHITE

#ConversationsWithYuta